さかさまに愛してる
曖昧でそれでいて表情に無理はなくて
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Ads by Google : --.--.--[--]新しい記事を書く事で広告が消せます。 メモリーズオブインファンシー : 2006.09.01[Fri]
突然、思いもしなかった事を言われると自分の意見が言えなくなる。と言うと云い方に難があるが、自分の感情は切り離した反応をするのだ。驚いたり、喜んだりして、目がパッと開くのだが。それを自分の感情も込みで捉えた場合、ただ悲しい場合もある。
パラレルワールド : 2006.08.31[Thu]
私はあの時手堅い選択をしていて、地味に祖父母の家で下宿をしている。父は私とあの時諍いを起こさず、よって酒に逃げることもしない。するとあの時風邪をひかず、結果今でも昔のままだ。母は計算通り希望の大学院に編入している。
だとすると、私は今出会っているかけがえのないものを見てすらおらず、また、有り得ない方向に広がった興味も持っていない。 しかしそこには、父の健康があり、若い母がいる。 私は時に、そんなパラレルワールドを想像する。細部の細部まで想像してしまい、涙が止まらなくなる。小説ではよく、登場人物が悩みに悩んだある決断を境に、その世界が描かれる。 こっくりっとした赤 : 2006.08.19[Sat]
手に入らないと分かっているものを望むから、苦しいのだ。
教育科目 : 2006.08.17[Thu]
1年のときにずっと、教職用科目を受けていた私は自由に何か書けと言われる度に同じテーマが頭の中をよぎっていた。
教育と洗脳の境界線はどこなのだろうか? 価値観が備わっていない子どもには、人としてのある程度のガイドラインを、親が教えなくてはどうしようもない。だが、ある程度とは一体何者だろうか。 きっとある程度というのは、アバウトな範囲内ならば個人差があって問題ないということだ。変異が個体の生存に関与しない、それはすなわち、変異が保存され多様性が生じるということ。教育と洗脳の境界が偏ってしまった親の子どもは?どうなるのだろう。ポキリと折れることなく子どもは育つのかもしれない。天真爛漫に、逞しく。あるいは、絶望を伴い子どもを産み育てることを辞退するのかもしれない。 一緒にしないで : 2006.08.11[Fri]
ほんと、違う人に勝手に物差しを当てられるっていうのは
反吐が出るほど腹が立つ。 いい加減にしてくれないかな。ほんと鬱っとおしい。 |
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Author:harison 最近のコメント最近のトラックバック月別アーカイブカテゴリーブロとも申請フォームブログ内検索RSSフィードリンクPowered By FC2ブログ |